私は誰か?(27)

27.
探究と瞑想の違いは何でしょうか?

探究とは、真我の中に心をとどめておくことである。瞑想とは、自己をブラフマン、つまり存在―意識―至福であると思いなすことである。


解説

物事や現象世界を追求することは探求ではない。物事や世界は心により創られた想念だ。心が創りあげている世界を調べても、真の実在である真我は現れない。想念に捉われず、心を真我に固定しておく、これが本当の探求になる。
想念で溢れているうちは、一つの想念に心を集中すること。それは例えば、愛、至福、神、真我、道、私、存在、その他何でも良い。ひとつ選んだ想念に集中することによって、他の想念が消え去るだろう。一つの想念に集中すること、それが瞑想だ。
探求にせよ瞑想にせよ、最後には、心自体が消え去り、最後の一つの想念も消え去る。
探求も瞑想も、想念を消し去り、真の実在である真我に至る手段でしかない。探求も想念も最後には必要がなくなるだろう。

原文
What is the difference between inquiry and meditation?

Inquiry consists in retaining the mind in the Self. Meditation consists in thinking that one’s self is Brahman, existence-consciousness-bliss.

ラマナ・マハルシの本の紹介
あるがままに―ラマナ・マハルシの教え
ラマナ・マハルシとの対話 第1巻
ラマナ・マハルシとの対話 第2巻
ラマナ・マハルシとの対話 第3巻

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