さらに小さいショルダーバッグ

私がミニマルな生活(シンプリスト)を目指し始めてから数年がたちますが(ブログはこちら)、様々な出来事や内面の変化なども経験しながら、ますますシンプルさを進めています。

最近、ショルダーバッグが気になり(実は何ヶ月も気になっていながら、何もしなかった)、先週、新しいものを購入しました。

何が気になっていたのかというと、持ち歩くモノに対するショルダーバッグの大きさの問題です。
これまで使っていたショルダーバッグは、2年ほど前にたまたま入ったジーンズショップで購入したもので、茶色地に白と黒でデザインされている小さなバッグでした(下写真)。
(サイズ:高さ:20cm、幅:15cm、マチ:6cm)
IMG_0219 copy

結構使い込んだのでヨレヨレです。
このバッグが大きいすぎるわけ、それは、このバッグに入れて持ち歩いているモノが、

財布
カード入れ

だけだったからなのです。

サイドポケットも大中小3つあり、スマホや鍵、ハンカチやティッシュを入れても、相当なスペースが空いていたので、気になっていたのです。

これに似たようなものでもっと小さいのがないかと、ずっとショップやネット上で探していたのですが、全く見つからず、いいサイズだなと思ったものはすべてウエストポーチで肩紐のないものでした。
それらに肩紐が取り付けられたら最高のサイズだろうな、といつも思っていました。

そこで、先週ようやく見つけて購入したのがこれです。
近所のダイエーの中のバッグショップで見つけました。

IMG_0222 copyFARVIS(ファービス)という無名のブランドで、Amazonでは「FARVIS 携帯ケース ショルダー付ポーチ No.1-882」という名前で売っていました。素材がシープレザーなので、軽く、手触りもよく、黒の光沢も派手ではないので、とても気に入りました。
(サイズ:高さ:15cm、幅:13cm、マチ:4cm)

これに財布とカードケースを入れると、ほぼスペースが無くピチピチになります。
表面に見えるポケットはスマホ用のポケットです。
右側にチャックが見えますが、ハンカチかティッシュが入るくらいのスペースです。

私が外出するときに、持ち歩くモノは大抵以下のものだけです。

IMG_1422 copy

財布・カードケース(バッグへ)
スマホ・鍵(ポケットへ)
時計・イヤホン・指輪(イヤホンは普段オーディオブックや音楽を聞くため、指輪は黒い服ばかり着ていて地味なので光りモノを一点つけるためですが、ほとんどしません)

外出するときに、このバッグをヒョイと肩に掛けると、身軽でミニマルな自分にちょっとした誇りと喜びを感じています。

今回は、小さいバッグをさらに小さく、ミニマルにしたというお話でした。

ありがとうございます。

 

P.S.
最近もう一つ考えているのが、財布とカードケースを一体にしたいということです。
カードを使う場面では必ず財布を使うので、この二つを一緒にできたらな、と思い始めています。

最近ハマっているノートとペン 続き

 

私が「最近ハマっているノートとペン」ではモレスキンのノートとパーカーのペンを紹介しましたが、その他にお勧めしたいノートとペンあります。

それは、
ロディア WEBNOTEBOOK Landscape 無地 cf118179 ブラック

そして
Palomino Blackwing602
(パロミノ ブラックウィング602

です。

ノートのほうは、実はスケッチに使っています。
なぜスケッチをするノートを持つのかというのは、単純に「脳に良い」という理由からです。
受験や英語の学習指導ばかりしていると、頭が固くなって理屈っぽくなるので、その予防にと選んだのがスケッチです。
対象を純粋に観察するには、頭を真っ白にしなければならないので、頭を空にするトレーニングとして行っています。
皆さんの中で、自分は最近頭が固くなってきたと思っている方がいましたら、ぜひ無心でスケッチをしてみてください。

さて、スケッチ用のノートもモレスキンにしようと思ったのですが、ユビキタスキャプチャーでモレスキンを使っているので、同じ種類のノートでは見分けがつかなくなるので、それとは異なったものを使おうと探しました。そこで出会ったのが、
ロディアの 『ウェブノート・ランドスケープ(A5)
ロディア の『ウェブノート・ランドスケープ(A6)』です。

モレスキンのカバーよりも手触りがよく、フカフカの感触が気持ちを落ち着かせてくれます。
私は大小のサイズ両方とも使っています。色は黒。

 

20130128_pc01

 

このノートはどんなペンでも書き心地は良いですが、私はスケッチをするので鉛筆を使っています。

鉛筆もいろいろ試してみて、こだわってみましたが、はっきり言ってたいした違いはありませんでした。
B程度の濃さがちょうど良かったので、こだわりついでに『パロミノ ブラックウィング 鉛筆602』を使うことにしました。

自分がワクワクするものに囲まれているのは精神衛生上とても良いことです。

何かを選ぶときには、理屈ではなく、

「理由は分からないけど、なんとなく好きだ」

という感覚で選ぶのが一番良いでしょう。
それが本当に自分に合ったモノなのです。

ドキドキ、ワクワク、そして日々使っているものに対する感謝を持っていたいですね。

ありがとうございます。

 

最近ハマっているノートとペン

今回は、私がいろいろ試してみて行きついたペンとノートを紹介します。

まず最初に紹介するのは、このモレスキンのノートです。モレスキンのサイト(http://www.moleskine.co.jp/)

MOLESKINE ソフトカバー プレーンノートブック・無地・ラージ 

私はこのノートをメモやアイディア、読書ノートや備忘録、頭に浮かんだことややるべきことなど、自分に関するすべてのことを記録するために使っています。
ubiquitous capture(ユビキタス・キャプチャー、全ての場所で全てのことを記録するという考え方から)を行っています。
私は表紙の手触りが好きでソフトカバーを使用していますが、立ったままノートを取る人にはハードカバーのほうが、カバーが下敷きとなって使いやすいでしょう。

MOLESKINE ハードカバー プレーンノートブック・無地・ラージ 

そして、軽装で出かけるときにはこちらの小さいサイズを持ち歩いています。

ハードカバー  ソフトカバー

モレスキンのノートの良いところは、その形と紙の色、そして様々なオリジナリティが出せるノートだということです。
モレスキンのファンサイトも充実しています。

その他参考 → モレスキンのすごい使い方

 

このモレスキンのノートに使っているペンは、いろいろ試してきましたが、パーカーが一番良かったです。
PARKER アーバン・プレミアム パールメタルCT ボールペン S1134313です。
parker urban

 

この他にも、様々なデザインがあります。

このパーカーのボールペンのインクは、紙によくなじみ、インクのサラサラ感もちょうど良く、ペン先にインクが溜まることもありません。
Quink flowというインクになってからさらに良くなった感があります。

付属インクは中字ですが、私は細字の方が使いやすいのでこちらを別に購入して使っています。
PARKER ボールペン 替芯 リフィル ブラック (細字) 164312

このノートとペンの組み合わせにしてから、何も気にすることなく書き続けられるようになりました。

 

ブレイン・ストーミング用のノートとして使っているのがマルマン A4 ノート ニーモシネ 無地 N181 ブラックです。
ニーモシネ
このノートはマインドマップで使用していています。

これはその他の用途でも使いやすく、理科系の勉強やビジネス用にも適していると思います。
ただし、この用途には罫線入りのほうが何かと便利です。マルマン A5 ノート ニーモシネ 5ミリ方眼罫 N182 ブラック

 

 

このノートには太く大きな文字で書きたいので、以前はウォーターマンの万年筆を使っていました。
しかし、万年筆だと、インクが滲んだり、インクが手に付いたり、インクを交換したりと、煩わしいことが多かったのですが、最近万年筆に変わるとてもいいペンを見つけました。

これです。

PARKER アーバン プレミアム エボニーメタルCT 5th S09759300

これは書き心地抜群です。
(Made in Japanのノートには)滲みもムラもなく、太い文字で滑らかに書けます。
万年筆でもなくボールペンでもない「5th アーバンプレミアム」のすごいところは、使っていくうちにペン先が自分の筆記角度にあった形状になじんでくるというところです。
自分仕様に変化するペンは、書くこと自体が楽しくなります。

* 他に、デッサンに使っているノートやペンがありますが、それはまた後ほど紹介します。

 

皆さんも時々、少々のこだわりを持って文房具を選び、自分が大好きな文房具を使ってみてはどうでしょうか。
本当に大好きでワクワクするモノだけを使っていると、日々の生活が潤うのではないでしょうか。

ありがとうございます。

 

 

蔵書がゼロになった日

昨日、私の蔵書がゼロになりました。
それもスキャナのおかげです。

以前から気になっていたのが、内容の一部しか使わない本や資料、人からもらった写真や昔取った写真、気に入っているがたまにしか読まない愛蔵書など、これらをどう扱えばいいのかということでした。
これを解決したのが、小型でハイスピード,両面読み取りのスキャナ富士通 ScanSnap S1300iです。

最初にスキャナを購入しようと考えたのは、学習指導の仕事で使う問題集をコピーするのが面倒であるという理由からでした。
生徒に合わせた問題を、所有している問題集から選び、それをコンビニエンスストアやスーパーなどに出向いてコピーする手間を省きたかったのです。
問題集をコピーするたびに本の背表紙が割れ、本が傷み、その上、書き込みなどすると使えなくなり、新しい物を再び購入するということになります。
問題集をスキャンし、使うページだけプリントすれば、わざわざコピーをしに外出する手間も省けるし経済的なのです。

例えば、大学受験の指導で使っている物理の問題集『難問題の系統とその解き方物理I・II―新課程』を使います。

これを裁断機(私の場合はカール事務器 ディスクカッター DC-200N)で裁断し、ページをバラバラにします。

裁断したものをスキャナで取り込みます。
本のページ数にもよりますが、1冊平均15分くらいかかったでしょうか。

PDFファイルとして保存すると、例えばiPadで見ると、こうなりました。

PDFファイルなので、いつでも必要な箇所を好きな分だけプリントできます。これはかなり便利です。
普段仕事で使っている本や資料を10冊ほどスキャンしPDFファイルにし(「自炊」というらしいです)本は処分しました。

次に、写真を全てスキャンしました。これでプリントされた写真を全て処分することができます。
今回は、手元に残っていた中学から大学時代の写真の全て数百枚をスキャンしました。
スキャンすることによって、写真を簡単に人に送ったり見せたりすることができるようになります。

最後に、私がいわゆる蔵書として残しておいた3冊の本(『古事記』、『あるがままに』、『老子』)をスキャンし、本自体は処分しました(裁断してしまっているので処分するしかないのですが)。

つまり、所有物としてのいわゆる「蔵書」は1冊もなくなりました。
蔵書を保管するための空間がまったく必要なくなったのです。

まさか、活字中毒と思えるほど本好きな私の蔵書が、1冊もなくなる日がくるとは思っていませんでした。

 

自分で決めたことを自分の力でやり遂げる

私が大切にしていることの一つに、「人から言われたことではなく、自分で決めたことを自分の力でやり遂げること」というのがあります。
一見してみると、人の言われたことでもやり遂げれば良いのではないかと思うのですが、どうもそれではだめなようです。

これは私が医学部受験や英語、ヨガやバレエの指導をしてきた上で分かったことなのですが、生徒にアドバイスをすると「はい」と受け答えをしそれを実行している人はあまり成長がないのですが、逆にあまり言うことを聞かなくても、自分でテーマを見つけ、あるいは私が何気なく言ったことから自分なりの課題を見つけ実行していく人が伸びているのです。

生徒たちを観察していると、彼らにとって教師としての私は、学ぶ模範としてではなく、自分の課題を見つけるきっかけとして存在するということです。自分の問題点の鏡として利用していると言っていいでしょう。ですから、何か問題点を指摘されてそれを直すことよりも、自分の問題点を自分で見つけ、それを解決していくことに集中しているのです。

これに反対する人もいるでしょう。他人が正確な指摘をしてそれを修正していく人は伸びているのではないか、と。確かに、一時的にはそう見えるかもしれません。しかし、長い目で見ていくと、その人は自分で自分の課題を見つける習慣がなくなり、結局自分で考えることをしなくなります。

もし他人が指摘したことを実行しても、大抵、それは自分の課題としてとらえていないことが多いので、空回りな行動をしたり、嫌になったり飽きたりします。

もちろん、他人が指摘したことが自分の課題としていたことと一致すれば、それは真の成長になるでしょう。

このことは、モノとの関係と密接に結びついているのではないでしょうか。
自分が所有すると選んだモノに囲まれている時は、喜びの中で生きていますが、他人の価値観によって所有したモノに囲まれている時は、おそらく不要なモノ、無駄なモノだらけになるのではないでしょうか。

不要なモノを処分していくと、このことがよく分かってきます。自分が本当に大切にしているものを選び所有することは自分の成長につながるのです。逆にマスコミや他人が持つべきだとするモノに囲まれていると成長できなくなります。
他人にどう見られるか、どう思われるかを気にするのではなく、自分が自分をどう思うかが大切なのです。そして自分で決めたことを自分の力でやり遂げることが、成長になるのです。

自分の周りのモノを見つめてみましょう。それは自分が本当に選んだモノですか。他人の価値観で所有していませんか。そうであれば手放しましょう。
また、自分の心を見つめてみましょう。今考えていることは自分で選んだ思考ですか。他人の価値観をそのまま自分の価値観だと思っていませんか。そうであれば手放しましょう。

この人生は、他人の価値観を生きるためにあるのではないのです。自分が決めたことを自分で経験していくためにあるのです。「自分の決めたことを自分の力でやり遂げる」ことが、自身の成長になるのではないでしょうか。

タオルはシャワーで洗う

私は郊外の温泉施設でサウナに入るのが好きなのですが、そこに何度か通っている時にあることに気がつきました。それは私がタオルの洗い方で自然に節水に貢献しているということです。

以前、モノを最小限にするというシンプルライフを実行している例として、タオルを年に三枚しか使わないことについて書きましたが、もう一つ自然に実践していたのが、タオルの洗い方です。
最近はどこの温泉施設でも「節水にご協力ください」などの注意書きがあったり、シャワーやカランが10秒ほどで自動的に止まったりと,工夫しているようです。

実は私はカラン(蛇口)を使いません。したがってタライを使いません。

*ここで雑学です。カランとは「鶴」を意味する「kraan」というオランダ語が語源なようです。首の長い蛇口は鶴をイメージさせますね。

なぜカランやタライを使わなくなったのかというと、時間がかかり、その割にはタオルがキレイにならないからです。

まず私はタライにお湯をためている時間を待っていることができません。最近の給湯器はだいぶ性能が良くなりましたが、お湯は水を沸かしてから出てくるので、その分水圧も水量も少なくなります。それを待っている時間が長く感じられます。

そして、タライでタオルを洗うと何度もお湯を交換しないとタオルはキレイにならないということ。石鹸だらけのタオルを最初にタライのお湯の中で洗うと、タオルの石鹸がお湯に溶け込むのですが、その石鹸が溶け込んだお湯の中で洗っていてもキレイになりません。キレイになるまでに何度もお湯を交換しなければなりません。しかし、汚れが溶け込んだお湯で洗うので完全にはキレイになりません。

そこで私がやっているのは、シャワーのお湯にタオルを広げて直接さらすという方法です。この方法だとタオルにキレイなお湯を注ぎ続け、汚れたお湯は流れ落ちるので、完全にタオルの石鹸を落とすことができます。そして時間ほとんどがかかりません。

実際、まず泡だらけのタオルをひろげてシャワーにかざし石鹸を落とします。軽く一回絞りもう一度シャワーにさらしタオルの繊維の中に入っている石鹸を落とします。もう一度絞りシャワーにさらしてキレイにします。最後にタオルを絞れば石鹸汚れは全て落ちます。

しかも、この方法だとタライ一杯分のお湯しか使いません。タライにお湯を入れてタオルを洗う方法だと、(私が温泉施設で観察したところ)その3~5倍のお湯を使うことになります。

この方法は、皆さんあまりやっていないようです。何年か温泉施設で観察しているのですが、私一人です。

節水にもなるし、タオルもよりキレイになる。

ぜひ皆さんやってみてください。

過不足なく

シンプルライフの実践は、今の世の中では所有物を減らしていくことで、モノとの関係が調和のとれたものになっていき、それと同時に、人間関係や仕事なども調和のとれたものになります。
調和というのは、言ってみれば、バランスが取れている、過不足がないことではないでしょうか。
モノについては多くもなく少なくもなくピッタリの量があることです。
私は合気道をやっているのですが、合気道の技というは、まず相手と気を結びそれから導くという技の掛け方をします。相手あっての技なので、速すぎても遅すぎてもうまく掛からないのです。ちょうど良いタイミングと力加減があるのです。一体感、調和というものが一番大切なものと言ってもいいでしょう。
モノや行動、人間関係なども、過不足ない調和のとれたものが良いのです。頑張ってもいけません。怠けてもいけません。ちょうど良いところがあるのです。スポーツや稽古ごとなども、ちょうど良い練習量と集中力を使う時が一番伸びるようです。
シンプルライフというのは、減らすことに重点が置いてあるように思えますが、それは物事を過剰に追い求める現代だからそういうことになるのです。シンプルライフは、過剰なものの場合は減らし、不足しているものの場合は増やし、バランスをとるということです。中庸です。中道です。
何か問題がある、物事を変えたい、自分を変えたい、人間関係を変えたい、私たちは様々なことを動かそうと悩んでいるでしょう。しかし、中道が大切です。バランスが大切です。調和を目指して生きていく時、それは一番うまく動いています。それはとても遅い変化に見えるかもしれませんし、あるいは一瞬で変わるかもしれません。どちらも調和の結果その速さで変化しているのです。それに気がつかずに調和からはずれ、無理に押したり引いたりすると、問題はもっと複雑になります。
どんな物事も変化しています。それに対して私たちはいつでも関わっています。複雑に関わると物事は複雑になります。シンプルに関わると物事はシンプルになります。
私たち自身がシンプルになればなるほど、周囲の状況がシンプルに美しく在るでしょう。

床の間

以前紹介した『新・片づけ術「断捨離」』の中には、収納を「見えない収納」、「見える収納」、「見せる収納」の3つに分けて、それぞれの空間に対してのモノの占有率を7割、3割、1割りとしています。これは家の中をスッキリさせるには、とても良い基準になると思います。

詳しく知りたい方はこの本を読んでください。

ここではシンプルライフでの「見せる」方法を紹介します。

壁や机の上に様々なモノを飾って楽しんでいる人は多いでしょう。壁には好きな絵画やアイドルのポスター、机や窓際には植物や縫いぐるみや細かな置物、その他様々なモノを飾って楽しんでいることでしょう。

しかし、シンプルライフでお勧めするのは、モノを見せるのは「垂直面に一点」、「水平面に一点」だけです。

日本の家屋にはよく床の間があります。床の間の壁には掛け軸、床には花などを飾ります。壁という垂直面に一点、床という水平面に一点だけを飾っています。これは本当に美しいものです。この方法をシンプルライフは採用しています。

床の間がある家ではそれを使用すれば良いのですが、床の間がない場合も多いでしょう。私の家にもありません。その場合、自分で家の中に一カ所だけ床の間と同じような空間をつくります。何度も繰り返しますが、家の中に一カ所だけです。しばしば、玄関、リビング、和室、寝室など全ての空間に飾りを置いているのを見かけますが、これはお勧めしません。ただ一カ所です。シンプルですが本当に美しいです。

理想は家の中に一つですが、家族の一人一人の趣味があり自分の部屋に見せる空間を自由に作りたいという人はそれでもよいでしょう。基本は、その部屋の一つの垂直面(壁)と一つの水平面(テーブルなど)を決め、そこに一点ずつ飾るようにします。他には何も置きません。

水平面には、花瓶に挿した季節の花や植物を置くのも良いでしょう。あるいは気に入っている置物などでも良いでしょう。

垂直面には、絵画や書、または気に入った柄や色の布一枚を飾るのも良いでしょう。寒い季節には温かい色のモノを置くなど工夫してみてください。

これを行う当初は寂しく感じるかもしれませんが、シンプルライフに慣れてくると、この美しさを感じられるようになります。

ぜひ「床の間」の方法を行ってみてください。

 

心の部屋の片付け

シンプリストはモノに対して執着せず手放しますが、モノではなく心ではどんなモノを手放すのでしょうか。

心の在り方でそこに残しているのは、感謝です。それは知足であり、共感であり、交友であり、尊重であり、和合であり、正直であり、誠実であり、そして喜びであるのです。

そこに至るには、やはり不要な心を手放すしかないのです。

その不要な心は、不平、不満、物惜しみ、恨み、憎悪、快楽、慢心、飽くことなき欲求、退屈、疑念、不安、コントロール、嘘、いつわり、怒り、散漫、などです。

これらは、私たちの生活の中で、余計な情報が押し寄せてくるように、いくらでも私たちの心の中に侵入してきます。

モノを手放すうちにこれらの余計な心の状態も手放すようになってくるのですが、心の面でも何が余計で何が必要なのかを、あらかじめ知っておいた方がよいのです。

状況がなんであろうと、不要な心の状態は必要ありません。これは心という空間を乱すだけなのです。心を一つの空間と見なしてください。実際、本当にそうなのです。心というのは一つの空間、部屋であって、そこに何を入れるのかは私たちが自分で行っていることなのです。状況がこうだから私はこう思う、というのは、私たち自身がそう思う状態を選んでいるだけなのです。

誰かがこんな嫌なことを言った。それをモノだと考えてみてください。貰わないでいましょう。もう貰ってしまった? それなら捨ててください。心の空間をキレイに保ってください。心はあなたの魂の部屋だと考えてください。

心の部屋には、本当に大切なものだけを置きましょう。

私の心の部屋に残しておきたいのは、感謝です、清明正直です。

皆さんの心の部屋には何を置きますか?

タオル

私がシンプルライフを目指して、モノを最小限にしようとする一方、以前から当たり前のように最小限にしているものがありました。

それは家で使うタオルです。

私が普段使っているタオルは白いフェイスタオル3枚だけです。1枚は風呂用。他の2枚は手や顔を拭くためのもの。

風呂に入る時、体を洗うときも体を拭くときも1枚だけを使います。男性なので髪を拭くのも同じもので済んでしまいます。拭く時には上半身を最初に、最後に足先を拭きます。タオルを使ったら固く絞り風呂場の横のタオル掛けに干しておきます。干しておけば次の日に風呂に入る時には乾いています。ですので、洗濯する必要がありません。

最後に足先を拭いたタオルをそのまま洗わずに使うのは不潔だと思うかもしれません。私も一時はそのように思い、必ずもう一度洗ってから干すようにしていましたが、すぐにそこまで気を使う必要がないことに気がつきました。なぜなら、そのタオルを使っているのは私だけだということ、翌日に使う時に必ずお湯につけ石けんを泡立てるので、そこで殺菌されるだろうということ。

このようにフェイスタオルを風呂に使っていると、薄手のものだと半年くらい、少し丈夫なものだと一年くらい持ちます。

手や顔を拭くためのフェイスタオルは頻繁に交換して使っています。

実は、以前はフェイスタオル1枚だけを風呂用と顔や手拭き用の両方に使っていました。風呂につかったタオルを次の日には乾いているので顔や手を拭くのに使っていました。この使い方だと年間に2枚だけしか使いません。しかし、その分タオルもゴワゴワに固くなり顔を拭くと顔が痛くなるので、これではダメだと顔や手拭き用のタオルを別に用意することにしたのです。

ここ数年は、風呂用タオル1枚、顔や手拭き用2枚が定着しています。

タオルは粗品で頂くことが多いので買ったことがありません。フェイスタオル以外使わないので、バスタオルやその他のタオルを頂いても全て人に譲っています。

頂き物がどんなに貴重なものだったり高価なものだったりしても、それらは結局自分の生活を複雑にしてしまうので、すぐに手放しています。

モノというのは、それが本当に必要な人に使ってもらうのが一番いいのでしょうね。