スッタニパータ4

4.

激流が弱々しい葦の橋を押し流すように、高慢さを根こそぎ取り除くならば、そのような求道者は、あの世とこの世を行き来する輪廻転生を捨て去る。あたかも蛇が古い皮を脱皮して捨てるように。

解説

自分が優れている、そういう考えはどこから来るのか観察してみることです。そうすると、自分の全てが自分以外のものに支えられていることがわかるでしょう。自分の存在は他の存在に支えられてのものです。
自分の体、能力、財産、人間関係、環境、全てが自分以外のものから得てきたものです。
生まれた時に自分のものだったものは一つもありません。死ぬ時にも自分のものだと思っているものは全て手放します。
自分があることに優れている、そのことは全て自分以外のものがあったからこそなのです。
自分が優れているという思いを完全に捨て去る時、それは自分は自分以外のものに支えられていることを知り、自分とその他の存在が一緒だと知り、そして、自分とその他の存在が一緒なら自分などない、あるのは意識だけだ、と知る時なのです。

 

スッタニパータ3

3.

激しく流れる川の水を枯らすように、欲望を跡形なく根元から断ってしまうならば、そのような求道者は、あの世とこの世を行き来する輪廻転生を捨て去る。あたかも蛇が古い皮を脱皮して捨てるように。

解説

あれが欲しいこれが欲しいという欲望は、自分の心の中で不足感を設定することから起こります。自分で不足を作り自分でそれを満たそうとし、それがうまくいくと幸せになるという心の設定です。
それを続け、自分が設定していることを忘れてしまうと、自分で設定した不足が満たされない時には不幸になるということを起こします。

誰が不足を作り出したのでしょう。自分自身です。自分で作り出した不足感が欲望を生み出します。自分の外部に自分の内部を埋めてくれるものがあると信じてしまうのです。
もともと自分の中に不足はないのです。
自分に不足はなく満たすべきものなどない、そのままで完全である、と知ると、欲求を満たし続けようとする人生から離れます。
そして、すべてがこのままで完全なのだ、と知るでしょう。

スッタニパータ2

2.

水面に生える蓮華を水中にもぐって根茎から折るように、欲情を跡形なく根元から断ってしまうならば、そのような求道者は、あの世とこの世を行き来する輪廻転生を捨て去る。あたかも蛇が古い皮を脱皮して捨てるように。

解説

自分の中から心から生まれる感覚的欲求を観察してみると、自分がその感覚的欲求に振り回されているのがわかります。自分が起こしている心(欲情)に自分が振り回されているとは、本末転倒ではないでしょうか。どちらが主人なのでしょうか。自分が心の主人ではないでしょうか。
自分がいつの間にか作り上げた心のプログラミングに振り回されているのに気づくことです。
心を観察してみてください。
誰がそれを起こしているのか?と

スッタニパータ1

第1章 蛇

第1節 蛇

1.
蛇の毒が身体に広がるのを薬で解消するように、こみ上げてきた怒りを解消するならば、そのような求道者は、あの世とこの世を行き来する輪廻転生を捨て去る。あたかも蛇が古い皮を脱皮して捨てるように。

解説

怒りというのは、自分で自分を傷つけること以外の何ものでもありません。
怒りというのは、自分の心の中で起こっていることです。
なぜ、自分で自分の心の中をメチャクチャにするのでしょうか。
「何々がこうだから、それで怒っている。」って。
あなたがそう怒っても(あなたが自分の心をぐちゃぐちゃに乱しても)状況は何も変わりません。
また、怒りを外に出せば、自分以外の人の心を乱すことにもなります。これはさらなる悪循環を生み出すことになるだけです。
怒りを解消する時、それは真我(意識)が自己という自分が設定した小さな枠の中から解き放たれることになります。設定から解き放たれると、時間と空間、自分と他人という意味づけからも解き放たれます。

そして、純粋な意識だけが存在するのです。