信心銘(十五)

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すべてのことは留まることはないので、記憶するべきこともない。
本来のことは意味などなくそれ自体で明らかなのだから、あれこれと考えることもない。
本来の一体性は考えの及ばないところであり、知識や感情では測り難い。
本来の世界、真の世界には、自と他の区別はない。

解説

すべてのことは変化し続けていて固定されたものはありません。
すべてのことが今ここに現れていて、それ自体で明らかなのだから、わざわざ意味をつけたり解釈したりすることはないのです。
本来の一体性の世界を頭で解釈するのは不可能なのです。
自分が世界を観察していると考えているなら、それはただ自分の観念が切り取ったものを世界と呼んでいるに過ぎないのです。さらに、それは世界を表しているのではなく、自分の観念が切り取った部分を世界と呼び、それに対して自分で意味づけをし自分の在り方を表しているだけなのです。自分の観念が作り上げた複雑な観念構造を世界と呼んでいるだけなのです。

本来の世界、真の世界には自と他の区別はありません。
本来の世界=意識が自と他を創り出し、それがいわゆる世界といわれるものを作り上げています。
自分と他の分離世界は意識・存在が創り上げていると分かると、創り上げられた分離の世界から離れ、自と他が一緒になり、自ずと真の世界・存在そのものが姿を見せるのです。

原文

一切不留 無可記憶 虛明自照 不勞心力
非思量處 識情難測 真如法界 無他無自

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