スッタニパータ54

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社会生活での楽しみに興じる人は、一時的な解脱に至ることさえもできない。太陽の末裔のことばに従い、ただ一人で歩むがよい、一角の犀のように。

解説

自分の肉体に制限された快感を求めている限りは、真の世界=真の自分を見ることはないでしょう。快感がもたらすものは制限でしかありません。さらなる快感を求め苦痛を避けようとするでしょう。そしてそれが行き着くところは世界と自分のさらなる分離なのです。
快感も苦痛もどちらにも意味をつけているのは自分です。そこに意味を与えることで分離が生み出されます。意味づけ=分離なのです。
真実は、世界は、真我は、何の意味もありません。ただ在るだけです。ただ在ることが全体であることなのです。
楽しみや苦しみ、そんなものはないのです。ただ物事はあなた自身も含めて、全体として起こり変化しているだけなのです。意味づけしても意味はないのです。ただそれは起こり過ぎ去り、また起こるでしょう。
世界があり何かが起こっていると思っているのは、自分の意識がどこに置かれているかを表しているだけなのです。
すべては自分の意識・心が造りあげているのです。

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