私とは

ふくろう

私の考えはどこから生まれてくるのでしょう。
私の喜びはどこから生まれてくるのでしょう。
私の悲しみはどこから生まれてくるのでしょう。
私の幸せはどこから生まれてくるのでしょう。
私の不安はどこから生まれてくるのでしょう。
私の感覚はどこから生まれてくるのでしょう。

私の考えは、私自身ではありません。
私の喜びは、私自身ではありません。
同様に、私の悲しみ、私の幸せ、私の不安は、私自身ではありません。

それらはすべて「私」から生まれてくるものです。

「私」とは、私の体ではありません。
体は「私」の体であって、「私」そのものではありませんね。
そうです。
「私の体」とか「私の考え」というように「私の」と付くものは「私」ではないのです。
私の所有物、私の意識、私の感情、そして、私の命でさえも、実は「私」そのものではないのです。

それでは、「私」とは何なのでしょう。

「私」とはそれら全てを生み出しているものです。
「私」こそが、「ワンネス」であり、「差取り」であり、「愛」であり、「道」なのです。

「私」とは、今ここに在ること。
「私」とは、体験していること。
「私」とは、全ての存在が自身のことを示す「私」のこと。

「私」に気づいてください。
いつも「私」に帰ってください。
自分が体験していること、考えていること、感じていること全てに対して、それは誰が体験しているのか、誰が考えているのか、誰が感じているのか、見つめましょう。

誰がそれを認識しているのでしょう。
誰がそれを感じているのでしょう。
誰がそれを聞いているのでしょう。
誰がそれを味わっているのでしょう。
誰がそれを意識しているのでしょう。

「私」は常に今ここに在ります。

「私」を見つめてください。

「私」とは、今ここに永遠に在るものなのです。

 

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