スッタニパータ60

60.
妻子や父母、財産や穀物、親類やその他のあらゆる欲望も、すべてを捨てて、ただ一人で歩むがよい、一角の犀のように。

解説

私の配偶者、私の子供、私の財産、私の地位、私の名誉、私が欲しいもの。これら全ては意識が「私」というものを作り出し、そしてその「私」がそう考えています。そしてその考えが作り出したものに執着しています。
どうして自分の意識が作り出したものに煩わされるのでしょうか。どうして自分という意識が作り出したものに振り回されるの必要があるのでしょうか。作り出された世界の創造主は自分の意識なのに、どうして創造主である自分が自分の作り出したものに影響されることがあるのでしょうか。
自分の意識が作り出したものに影響されるのではなく、自分の意識が作り出していると知ることです。本当は、ただ意識だけがあると知ることです。
意識は自由自在で、自分の体を自分だと思うこともできるし、自分が作り出したものに支配されるという自由もあります。意識は体の中に閉じ込めることもできるし、細胞や原子の中に閉じ込めることもできます。反対に体の外に広げることもできるし、宇宙や多次元の世界にまで広げることもできます。なぜなら、それらすべては意識が作り出したものなのです。
すべては意識が造り出したものであり、どのような在り方を選ぶかは自分の意識の自由なのです。

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