私は誰か?(10)

10.
どうすれば心は静かになるのでしょうか?

「私は誰か?」と尋ねることによってである。「私は誰か?」という想念は他のすべての想念を破壊するだろう。そして燃えている薪の山をかき混ぜる木の棒のように、ついには「私は誰か?」という想念そのものも滅ぼされてしまうだろう。そのとき真我は実現されるだろう。


解説

どうすれば心が静かになるのだろうか。
心は想念を生み出し、想念は世界を形作る。作り出された想念を想念で静かにしようとすることはできない。それは無数にある想念にさらなる想念を付け足すだけだ。
想念の幻想から解放されるには、その想念を起こしているのは誰かを常に問うこと。「そう考えているのは誰か?」、そして「私は誰か?」と問い続けることだ。
「そう考えているのは誰か?」という問いは、あらゆる想念を自分が作り出しているということに行きつく。最後に「私」という一つの想念に行きつく。
そして、「私は誰か?」という問いは、世界や考えという想念が真の私ではないという「私」の否定に行きつく。
全ての世界を創造して支えてきた「私」が想念の否定とともに消えていく。
想念である自我として世界とともに現れていた「私」が消え去ると、在るのは全てを生み出している真我だけだ。

原文
How will the mind become quiescent?  

By the inquiry ‘Who am I?’. The thought ‘who am I?’ will destroy all other thoughts, and like the stick used for stirring the burning pyre, it will itself in the end get destroyed. Then, there will arise Self-realization. 

ラマナ・マハルシの本の紹介
あるがままに―ラマナ・マハルシの教え
ラマナ・マハルシとの対話 第1巻
ラマナ・マハルシとの対話 第2巻
ラマナ・マハルシとの対話 第3巻

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