誉めるということを超えて

人はしばしば誉められます。
誉められたらうれしいでしょう。
その人は自分が誉められているので、自分の誉められたところがすごいと思うでしょう。

けなされることもあります。
けなされたら嫌な気分になるでしょう。
自分の全てが否定されダメだと言われているような気になるでしょう。

だけど、誉められたりけなされたりということの本当の意味は、自分の本当の価値ではありません。ただそれは、誉めたりけなしたりしている人の内面の現れなのです。

実は、
誉めている人が誉められているのです。
何かをすごいなと思うこと、現象の中に誉めるところを見つけられるって言うことは、その現象を美しいなと思うその人のこころの現れなのです。
その人が美しいのです。

同時に、誉められて嬉しいとき、それは人が自分の内面の美しさを見つけてくれたということです。
うれしいときは、自分の内面も美しいし、その美しさを見つけた人の内面も美しいということなのです。

人を誉めてください。もっともっと誉めてください。
すごいと思ってください。
人の中に美しさを見つけられるようになってください。
その時、あなたの中の美しさを見つけています。

美しさは自分の外に離れてあるのではありません。
あなたの内面から発し、外に映し出すものです。
あなたの外に見るものは、あなたの内面にあるものなのです。
誉めたり誉められたりすることを超えたところにあるのです。

誉めたりけなしたりを超えたところに、あなたの真の姿があるのです。

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