モノとの生きた関係を結ぶようになると、それぞれのモノが自分のいるべき場所を持っているということに気がつきました。モノも人間と同じように働いて、帰って休む場所があるのです。
例えば、包丁はまな板の上で肉や野菜を切り、それが終わったら包丁置きや引き出しの中に戻されます。タオルは水分を吸い取った後、洗濯され引き出しやタオル置きにしまわれます。ペンはものを書き終えたらペン立てや引き出しに戻されます。
そうして、全てのモノが帰る場所を作ることを始めたのです。机やタンスの上や床というのは、たいていの人が様々なものを置いているようです。私も例外ではなく、机の上には、横積みにされた数冊の本(以前は数十冊はありました)、ペン立てとペン皿に一杯のペン、テレビ、モニター、スピーカー、マウス、携帯電話、電子辞書、システム手帳、メモ帳、ポストイット、電話の子機、卓上時計、など。タンスの上には、履いていない靴の箱、コピー用紙、腕時計、家や車の鍵、瞬間湯沸し器、補助栄養食品、香水、携帯ボトル、など。床の上には、道具箱、バッグ、加湿器、タワー型パソコン本体を乗せている金属製ラック、など。
まずは机の上にあるモノ全てに居場所を作ってあげました。本は本棚、手帳や電子辞書、パソコンやマウスは引き出しの中(これを実現するためにDELLからMacに変えたのです)、その他すべて机の上からあるべき場所に移動しました。今では仕事をしていない時の私の机の上にはスピーカーのみ、タンスの上は何も置いていません。
この作業をしていると、すぐにモノの居場所つまり収納場所がなくなってしまいました。いつも収納してあるモノと同じくらいの量のモノが収納していないままだったのです。
もちろん、その後は再びモノを手放す作業をしました。自分が大切に思っているモノでも使っていないものはたくさんあるのです。これらを手放すのは大変でした。処分する袋に入れた後、また戻すということを繰り返していました。手放すためにこのように考えました。自分がこのモノを持っているよりも、このモノを大切に使ってくれる人のところに行った方が、このモノにとっては幸せだろうな、と。そうして、使っていないほとんどのモノが新しい所有者のもとに旅立ちました。
モノをなるべく所有せずに生きていくということが、アメリカではミニマリズムという言葉で流行っています。
日本でも『減らす技術 The Power of LESS』の著作があるLeo BabautaのZen HabitsやJoshua Fields Millburnのthe Minimalistsというサイトはかなり参考になりました。
これら作業もかなりの時間がかかりましたが、この間に、本好きの私の部屋からは本棚が一つもなくなったのです。読んでいる数冊の本はカラーボックスの一画に置いてあります。
本棚がない。これは私にとっては革命的なことなのです。本という媒体を通しての知識に執着していた私には、「さて、自分には何もなくなった。これからどう生きていこうか?」という感覚でした。しかし、なぜか心が軽くスッキリとしていました。
To be continued.
Day 10 : そして、調和
Day 9 : 他人のガラクタ
Day 8 : ミニマリスト Minimalist
Day 7 : 自分とモノとの関係
Day 6 : モノには戻る場所がある
Day 5 : モノとの生きた関係
Day 4 : 必要なものはない
Day 3 : ようやく部屋に空間が
Day 2 : 本、本、本
Day 1 : 部屋の乱れは心の乱れ